チャイタン・コシュラ(Chaitan Khosla)は、インド出身の米国の化学者・化学工学者。スタンフォード大学教授、同大学 Innovative Medicines Accelerator(IMA)所長(画像:Stanford University)。細菌が抗生物質を組み立てる巨大な酵素の仕組みを解明して作り替える研究と、小麦のグルテンが引き起こすセリアック病の原因解明・治療法開発を並行して進めてきた。2026年、米国化学会(ACS)生化学部会の Abeles and Jencks 賞の受賞が発表された[18]。
経歴
1985 インド工科大学ボンベイ校 化学工学科 卒業(B.Tech.)
1990 カリフォルニア工科大学 博士課程修了(Ph.D.、化学工学。指導教員: James E. Bailey)
1990 ジョン・イネス・センター(英国)博士研究員(受入教員: David A. Hopwood、1992年まで)
1992 スタンフォード大学 化学工学科 助教授
2012 スタンフォード大学 ChEM-H(現 Sarafan ChEM-H)創設所長(2020年まで)
2020 スタンフォード大学 IMA 所長、Wells H. Rauser and Harold M. Petiprin Professor(化学工学・化学)(現職)
出発点は化学工学の代謝工学で、学位研究では細菌ヘモグロビンの遺伝子を大腸菌に導入し、低酸素下での生育を改善する系を組み立てた。英国で放線菌の抗生物質生合成遺伝子の扱いを身につけたのち、スタンフォードで化学工学・化学・生化学にまたがる研究室を構えた。研究成果を薬に橋渡しする活動も続け、ポリケチド医薬の Kosan Biosciences(1995年共同創業)、セリアック病治療薬の Alvine Pharmaceuticals(2006年)と Sitari Pharmaceuticals(2013年)を興している[17]。
受賞歴
1991 Camille and Henry Dreyfus New Investigator Award(ドレフュス財団)
1994 Packard Fellowship for Science and Engineering(パッカード財団)
1997 Allan P. Colburn Award(米国化学工学会)
1999 Eli Lilly Award in Biological Chemistry(米国化学会)
1999 Alan T. Waterman Award(米国国立科学財団)
2000 ACS Award in Pure Chemistry(米国化学会)
2000 Distinguished Alumni Award(カリフォルニア工科大学)
2006 Fellow(米国科学振興協会)
2007 会員(米国芸術科学アカデミー)
2008 Professional Progress Award(米国化学工学会)
2009 Arthur C. Cope Scholar Award(米国化学会)
2009 会員(全米工学アカデミー)
2020 会員(全米科学アカデミー)
2026 Abeles and Jencks Award for the Chemistry of Biological Processes(米国化学会 生化学部会)
1999年のウォーターマン賞は、米国国立科学財団が若手研究者1名に贈る賞で、メダルと3年間で50万ドルの研究費が授与された。授賞の理由は、細菌がポリケチドをつくる遺伝子を解明し、それを改変して新しい抗菌物質を得る道を開いたことである。受賞が発表された1999年4月、コシュラは34歳であった[16]。2026年の Abeles and Jencks 賞は、ポリケチド合成酵素の酵素学とセリアック病研究という二つの貢献に対して贈られ、同年秋のACS全国大会(シカゴ)で記念シンポジウムが企画された[18]。
研究
土の中の細菌は、エリスロマイシンのような抗生物質を、巨大な酵素の上で部品を一つずつ受け渡しながら組み立てている。コシュラはこの「分子の組立ライン」の動き方を化学と構造生物学で読み解き、ラインを組み替えて別の化合物をつくる道筋を示した。もう一つの柱はセリアック病で、小麦のグルテンのどの断片がなぜ小腸で炎症を起こすのかを突き止め、その断片を分解する酵素薬や、関連する酵素を抑える薬の開発につなげている。
二つのテーマは一見かけ離れているが、酵素反応を化学工学の目で「部品と工程」に分解し、理解したうえで作り替えるという姿勢は共通している。
ポリケチド合成酵素を組み替える
ポリケチドは短いカルボン酸単位を連結してつくられる天然物群で、エリスロマイシンやラパマイシンなど多くの医薬品を含む。1990年前後には合成を担うポリケチド合成酵素(PKS)の遺伝子が放線菌から次々に単離されていたが、遺伝子の組み合わせと生成物の対応を系統的に調べる手段が乏しかった。
コシュラはホップウッドらと、放線菌の芳香族ポリケチド(II型PKS)の遺伝子群を自在に組み替えて発現させる宿主系を整え、天然には知られていないポリケチドを設計的に得られることを示した[1]。続いてエリスロマイシン骨格の合成を担う 6-デオキシエリスロノライドB合成酵素(DEBS)を異種宿主で機能させ、モジュール型PKSでも同じ発想が通ることを実証した[2]。

引用:Khosla Lab
一方、放線菌は遺伝子操作に時間がかかり、PKS改変研究の律速になっていた。コシュラらは前駆体の供給経路とPKSの修飾系をそろえて大腸菌を組み替え、外から与えたプロピオン酸を 6dEB へ変換する細胞触媒を構築した。その生産性は、工業的に長年改良されてきた Saccharopolyspora erythraea の高生産株に匹敵した[3]。扱いやすい宿主でポリケチドをつくる道が開け、以後の生合成工学の標準的な舞台となった。
組立ラインの動きを見る
PKSは一つのモジュールが複数の触媒ドメインを抱え、アシル基を載せた担体ドメインが順に相手を訪ねて反応を進める。この「動き」そのものが機構の本体であり、静止した構造だけでは説明できない。コシュラらは抗体フラグメントを足場に用いたクライオ電子顕微鏡解析で、一つのモジュールが取りうる複数の触媒コンホメーションを捉えた[9]。同じ号にはKimらの独立した構造研究も掲載され、モジュールが二つの反応室を非同調に使うという像が示された[10]。その後、モジュール間で鎖が受け渡される界面の構造的な根拠も明らかにされている[11]。

引用:Khosla Lab
グルテンのどこが問題なのか
セリアック病は、グルテンに対する免疫反応で小腸粘膜が傷む自己免疫疾患である。コシュラらはソリッドらと、グルテンの主成分グリアジンの中に消化酵素で分解されにくい33残基のペプチドが存在し、これが患者のT細胞応答の中心になっていることを示した[6]。壊れにくい断片が腸に残り続けるという描像は、「残るなら分解してしまえばよい」という治療戦略に直結し、グルテン分解酵素を組み合わせた経口酵素療法が設計され、患者で胃内のグルテン消化が進むことが確かめられた[7]。
トランスグルタミナーゼ2を標的にする
グルテン断片の抗原性を高めているのは、宿主側の酵素トランスグルタミナーゼ2(TG2)による脱アミド化である。TG2は小腸の細胞外に大量にありながら普段は不活性で、この切り替えの仕組みが長く不明だった。コシュラらは、TG2がジスルフィド結合で不活性化されており、チオレドキシンによって還元されると活性化されることを明らかにした[8]。酸化還元とカルシウムの二重の制御は、健常な腸でTG2が暴走しない理由を説明し、同時に創薬標的としての道筋を与えた。
研究の現在地(2026年10月時点)
PKS側では、構造解析の対象が単一モジュールからモジュール間の連結部へ移り、鎖の受け渡しを担う界面の構造が示された[11]。アセンブリーライン型PKSの構造と機構は2024年に総説としてまとめられている[14]。並行して、ゲノム上に機能未知のまま眠るPKSの解読が進み、3 MDa規模の NOCAP 合成酵素を試験管内で完全に再構成して生成物を同定し[4]、修飾を含む最終構造が決定された[5]。
セリアック病側では、TG2の制御機構の理解が構造レベルに進み、カルシウムが結合した中間状態の結晶構造から、活性化に伴う残基の再配置が示された[12]。2025年には、腸管の CD103 陽性樹状細胞が細胞表面のTG2と受容体LRP1を使ってグルテン抗原を脱アミド化しつつ取り込む経路が報告され、グルテン毒性の細胞レベルの基盤が描かれた[13]。治療開発の現状と課題は2023年の総説に整理されている[15]。
エピソード
- 高校生の頃は、物理や化学の論理に比べて記述的に見える生物学に魅力を感じていなかった。化学工学を学ぶ過程で、生物学の発見が救命につながりうると知り、生物学を「未開拓のフロンティア」として捉え直したと振り返っている(スタンフォード・リサーチパーク、2024年)。
- 2012年、当時のスタンフォード大学長ジョン・ヘネシーの勧めで、化学者・工学者・生物学者・臨床医を結ぶ研究所の設立に関わった。これが ChEM-H で、8年間創設所長を務め、後任はノーベル化学賞受賞者のキャロライン・ベルトッツィである(同)。
- 2020年設立のIMAでは、COVID-19流行の初期にピーター・キム研究室の発見の実用化を支援し、それがベイエリアのスタートアップ設立につながった(同)。
- 1999年のウォーターマン賞発表では、1988年の同賞受賞者であるピーター・シュルツが業績への評価を寄せている[16]。
関連動画
関連文献&注釈
- McDaniel, R.; Ebert-Khosla, S.; Hopwood, D. A.; Khosla, C. Science 1993, 262, 1546–1550. DOI: 10.1126/science.8248802
- Kao, C. M.; Katz, L.; Khosla, C. Science 1994, 265, 509–512. DOI: 10.1126/science.8036492
- Pfeifer, B. A.; Admiraal, S. J.; Gramajo, H.; Cane, D. E.; Khosla, C. Science 2001, 291, 1790–1792. DOI: 10.1126/science.1058092
- Yuet, K. P.; Liu, C. W.; Lynch, S. R.; Kuo, J.; Michaels, W.; Lee, R. B.; McShane, A. E.; Zhong, B. L.; Fischer, C. R.; Khosla, C. J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 5952–5957. DOI: 10.1021/jacs.0c00904
- Kishore, S.; Del Rio Flores, A.; Lynch, S. R.; Yuet, K. P.; Khosla, C. J. Am. Chem. Soc. 2024, 146, 4212–4220. DOI: 10.1021/jacs.3c13670
- Shan, L.; Molberg, Ø.; Parrot, I.; Hausch, F.; Filiz, F.; Gray, G. M.; Sollid, L. M.; Khosla, C. Science 2002, 297, 2275–2279. DOI: 10.1126/science.1074129
- Gass, J.; Bethune, M. T.; Siegel, M.; Spencer, A.; Khosla, C. Gastroenterology 2007, 133, 472–480. DOI: 10.1053/j.gastro.2007.05.028
- Jin, X.; Stamnaes, J.; Klöck, C.; DiRaimondo, T. R.; Sollid, L. M.; Khosla, C. J. Biol. Chem. 2011, 286, 37866–37873. DOI: 10.1074/jbc.M111.287490
- Cogan, D. P.; Zhang, K.; Li, X.; Li, S.; Pintilie, G. D.; Roh, S.-H.; Craik, C. S.; Chiu, W.; Khosla, C. Science 2021, 374, 729–734. DOI: 10.1126/science.abi8358
- Bagde, S. R.; Mathews, I. I.; Fromme, J. C.; Kim, C.-Y. Science 2021, 374, 723–729. DOI: 10.1126/science.abi8532
- Cogan, D. P.; Soohoo, A. M.; Chen, M.; Liu, Y.; Brodsky, K. L.; Khosla, C. Nat. Chem. Biol. 2025, 21, 876–882. DOI: 10.1038/s41589-024-01709-y
- Sewa, A. S.; Besser, H. A.; Mathews, I. I.; Khosla, C. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 2024, 121, e2407066121. DOI: 10.1073/pnas.2407066121
- Yang, F.-C.; Besser, H. A.; Chun, H. R.; Albertelli, M.; Fernandez-Becker, N. Q.; Jabri, B.; Khosla, C. JCI Insight 2025, 10, e196102. DOI: 10.1172/jci.insight.196102
- Soohoo, A. M.; Cogan, D. P.; Brodsky, K. L.; Khosla, C. Annu. Rev. Biochem. 2024, 93, 471–498. DOI: 10.1146/annurev-biochem-080923-043654
- Besser, H. A.; Khosla, C. Trends Pharmacol. Sci. 2023, 44, 949–962. DOI: 10.1016/j.tips.2023.09.006
- 注: ウォーターマン賞の授賞内容・年齢・シュルツの評価は、米国国立科学財団の1999年4月9日付プレスリリース(PR 99-22)の二次掲載による。
- 注: Kosan Biosciences は2008年にブリストル・マイヤーズ スクイブ、Alvine Pharmaceuticals は2016年に ImmunogenX、Sitari Pharmaceuticals は2019年にグラクソ・スミスクラインに買収された(スタンフォード大学 IMA の紹介ページ)。
- 注: 2026年 Abeles and Jencks 賞の受賞は、米国化学会生化学・ケミカルバイオロジー部会の告知および同大学生化学科の掲示(2026年2月24日)による。
関連リンク
- Khosla Lab(スタンフォード大学)
- Stanford Profiles: Chaitan Khosla
- Stanford Innovative Medicines Accelerator
- 全米科学アカデミー 会員名簿
- ケムステ: 生合成研究の記事まとめ
- ケムステ: 糸状菌から新たなフラボノイド生合成システムを発見
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